ケンキミュージアム

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1960年 読む

 貿易の自由化が認められ、外圧の風を受けるが、これは同時に、日本の技術力を、世界トップレベルに磨き上げる契機となった。大規模の電源開発等が行われ、大型機械の開発が加速した。

コマツ-ビサイラス 機械式ショベル22B
(1964年ごろ)

コマツ-ビサイラス 機械式ショベル22B

 当時、機械式ショベルは、米国を中心に発達しており、日本へは大正年間から、米国ビサイラス社の商品が輸入されてきた。特に第2次世界大戦後の1950年代は、電源開発のダム工事用に、大型の機械が使われ、建設業界で高い評価を得てきた。

 コマツは同社と技術提携をして、22Bを生産した。それより以前に、機械式ショベルの国産を行っていたのは、日立製作所、油谷重工、日本車両、神戸製鋼所、石川島コーリングなどで、のちに主流となる油圧ショベルの生産を行っていたのは、新三菱重工だけだった。

コマツ-ビサイラス 機械式ショベル22B

 ドージングショベルタイプ、重量22000kg、ディッパ容量0.6m3。バックホータイプ、重量23110kg、ディッパ容量0.6m3。

  ワイヤー式ならではの指標「巻上げ速度」は18m/分。

コマツ-ビサイラス 機械式ショベル22B

 ドラッグラインタイプ、重量20970kg、バケット容量0.6m3、巻上げ速度53.9m/分。

油圧ショベル 読む

 1951年にこの世に誕生した油圧ショベルは、わずか半世紀の間で、建設現場における絶対的な地位を築いた。ミニから超大型と、規模に応じたサイズのラインアップ、また後方小旋回や超小旋回など、現場の特性に合わせたスタイルなど、その間も確実に進化を遂げてきた。人間の手に似た動きをするこの機械は、21世紀も、限りなく進化を続けていくことになるだろう。

ケンキミュージアム 日本のブルドーザーの歩み
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