ケンキミュージアム

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1950年 読む

 戦後の荒廃した農地再建・開墾のために、より大型の建設機械が求められるようになる。しかし技術的には、まだ米軍が持ち込んだものに習って商品開発を行うという段階であった。

コマツ ブルドーザーD80
(1953年)

コマツ ブルドーザーD80

 戦後の荒廃した農地再建、開墾のためにD50ブルドーザーが使用されていたが、1949年頃に建設省関係の土木工事、電源開発などの必要性がさらに増し、より大型のブルドーザーが求められるようになった。

 当時、米軍が日本国内に持ちこみ、活躍していたのが、キャタピラー社のD7という15トン級のブルドーザーで、これをもとに国産化されたのが、このD80である。

 重量16000kg。

ブルドーザー 読む

 初期のブルドーザーは、農業用のトラクターに、ブレード(排土板)を取りつけたものだった。戦後の開発、高度成長期における大規模工事など、日本の躍進の歴史はブルドーザーの歴史とも言えよう。油圧ショベルの台頭で、国内における需要は減少したものの、大規模鉱山を初めとした世界中の過酷な現場で、今日も高い技術が息づいている。

ケンキミュージアム 日本のブルドーザーの歩み
ケンキミュージアム 日本のブルドーザーの歩み